なぜ、野球拳なのか?

野球拳で脱がそう!


語れば少々長くなるかもしれません。


そもそもは、当時のささやかな趣味であった女性画を描くことから始まっています。描くことのモチベーションが欲しくなって、描いたものをインターネットのホームページで公開してみたのです。今思えば、ただホームページをもってみたかっただけなのだと思います。
最初は着衣の普通の女性画をフォトショップやイラストレータで描いていました。フォトショップの代表的な機能にレイヤー機能というものがあるのですが、(これはつまり重ね書き?のようにパーツごとに着色作画できる機能なのです)それを使ってシコシコと真面目に作画しておりました。
そのうち少しづつアクセスが増えてくると、元来のちょっとサービス精神的なものが顔を覗けてきまして、「やはりエロでしょ!みんな大好きエロでしょ!」てな具合に考えるようになりました。当時はヤフージオシティーズを利用していて18禁だったので、エロを公開するわけにもいかず、ちょいエロ程度のものを混ぜるくらいでした。当然ながらだんだんエスカレートしていって、アダルトもよしとするサーバーに乗り換えてエロ路線へ足を踏み外していったのです。

エロ路線に舵をきってはいきましたが、自分は絡みとかドエロとかにはあまり興味がなく、どちらかと言うまでもなく「ふぇち。真正フェチ」なのです。着衣も好き、下着姿も好き、全裸も好き、なので、考えた末の行き着く先がパラパラで着衣から下着、下着もブラとって、パン一からの全裸、という流れを表現していきました。しかも全体像を見たいので立ち姿、それもほぼ直立不動的な構図が大のお気に入りなのです。
最初は野球拳とかのゲーム的なものではなく、クリックすると次の絵が見れる、みたいなストレートなものだったのです。物事というものはとかくエスカレートするもので、せっかくだから、エロに進むのに見ていただく側にも少し苦労をしていただこう、と思い至るようになりました。
あまり面倒なのは好きではなかったのと、ゲームもさほど好きではなかったので、シンプルに考えて三秒ほどで「野球拳脱衣ゲーム」で苦労していただこうと思い至りました。
そもそも「苦労していただこう」が根底にあるものですから、僕の野球拳ゲームはなんだかやたらと難易度が高いのにはそういうルーツがあるのです。思い至ったは良いが野球拳ゲームの仕組みができなくて、少々苦労しました。
これはフラッシュで作るのが妥当だな、とか思って本を買い込み、勉強してプログラムしようとしましたが、うん、無理、公開までたどりつけない。。結局、プログラムを公開していて、絵を差し替えるだけで良い!というそれはそれは親切なサイトさまのご提供されているものを利用させていただき、無事にフラッシュ版野球拳ゲームの公開へとこぎつけることができたのです。(長い間つづけている間に、java的なものを少しかじりまして、javaスクリプトでプログラムを書き直しました。そうこうしている内にブラウザでフラッシュが機能しなくなったので、これは運がよかったようです。)
当時、今のインスタとかツイッター並みに個人のホームページというものが時流にのっていて、アクセスもウナギのぼりでした。全盛期は一日で15万くらいのアクセスがあったものです。アクセスカウンターの数字をチェックするのも楽しいし、コンテンツを充実させていくのもやりがいがありました。とは言え無料サイトですから、収益といえるほどのものがあったわけではありませんが、アフェリエイトで月に数万円のお小遣いくらいにはなっていたのも多少のモチベーションになっていました。

本当にそうだなって思うのですが、終わりというものは、ある日突然と思えるようなタイミングでやってくるものです。だんだんエスカレートするコンテンツ充実への欲求から、レンタルサーバー規約に違反してしまい、ある日突然にBANされてしまいました。そこではたと意欲や興味が嘘のように薄れて、ほとんどすべての活動を休止しました。休止してから数年たっていたでしょうか、作品たちだけでもネットの世界に細々とでも泳がせてあげたくなって、それこそ細々とひっそり再びホームページを再公開したのです。
今のアクセスは2020年現在ではありますが一日100件ほどです。それでも、「 たぶん最初のころからのお付き合いです 」と、なんだか不思議な気持ちにさせていただけるお言葉をいただけたりもしました。次回作を期待してくださるお声もいただき、引き続き作品を作成する機会もいただくことになり、うん、再開させて良かったと思っています。
次回作については掲示板でも書いたのですが、年齢も手伝ってか、急速なエロパワーの減退により作品を作りあげるパワーが不足していて実現が困難な状況であります。しかーし、僕の女性を愛でる気持ちには一片の曇りも微々たる衰えもありませんので、今後も引き続き新作を自分勝手に掲載していこうと思っております。

篠原イラスト
2020年 野球拳で脱がそう! 管理人

ご参考までに、以下は野球拳の本来的な説明のウィキペディア抜粋です

野球拳(やきゅうけん)とは、歌い踊りながらじゃんけんをする宴会芸・郷土芸能である。 三味線と太鼓を伴奏に合わせて歌い踊り、じゃんけんで勝敗を決する遊戯であるが、テレビのバラエティ番組などの影響で「じゃんけんで負けた相手の服を脱がせるゲーム」という本来の趣旨とは異なった認識が一部に広まっている。
1924年(大正13年)10月、高松市北部の屋島グラウンド完成記念に近隣の実業団野球大会が開かれ、松山から伊予鉄道電気(後の伊予鉄道、以後伊予鉄と表記)が参加した。伊予鉄野球部は高商クラブ(香川県立高松商業学校(現・香川県立高松商業高等学校)OB)と試合を行ったが、0-8で敗れた。
その夜高松市内の旅館にて懇親会が開かれ、各チームは隠し芸を披露したが、その中でも高松勢は芸達者揃いだった。一層落ち込む伊予鉄チームだったが、当時伊予鉄野球部のマネージャーをしていた川柳作家の前田伍健が即興で『元禄花見踊』アレンジの作詞・振付けを行い、伊予鉄チームは歌と三味線に合わせて選手全員がユニホーム姿で踊った。
この芸が大いに受け、伊予鉄チームは面目一新。これが野球拳の始まりとなった。
この時はじゃんけんではなく狐拳であったが、1947年(昭和22年)の伊予鉄忘年会でじゃんけんに改められた。

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